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zoom RSS ふるいけや 2005.6

<<   作成日時 : 2006/03/28 21:44   >>

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  ふるいけや かわづとびこむ みずのおと 
大阪平野の南部、溜池の多い田舎で育った駿河屋の子供の頃。この句を学校で習い、早速カエルが飛び込む音を聞こうと池に出かけた。
  カエルを見つけては飛ぶのを待ってみるが、なかなか飛び込まない。待ちきれずに大きな足音を立てて池の縁を歩くと、蛙達がボチャボチャ池に飛び込んで逃げるが先生の解説にある<静けさ→微かな音→再静寂=静けさを一層引き立てる小さな音、池に広がる小さな波紋。>には程遠く、途方にくれたのを思い出す。

  高校生になって:芭蕉がこの句を読んだのは芭蕉庵という江戸深川の家で、蛙という題で句会をやったときに読んだ発句であり、古池は芭蕉の心に浮かんだ幽玄静寂な心象である。
  即ち古池はどこの何番地にある池ではなく、これに飛び込むカエルも芭蕉庵の庭の池(一説では長年放置されたイケス)にいるカエルではない。
  将にこれぞ当時飲み会の余興・戯れ歌となり果てていた連歌を俳諧に、更に発句を切り離して芸術にと高めた芭蕉文学の発端・真骨頂である:と学んだが、分った気にはなれなかった。

  長じて血気盛んな頃に、<そうか! これ幽玄を表わすと見せて実は、古池に例えた古色蒼然の澱んだ連歌界に、芭蕉たるカエルが音を立てて飛び込んで波紋を投げようという裏をも秘めた意欲の歌だ。
  この歌の原型とされる 古池や かわず飛んだる 水の音 のちょっと大き目の飛翔と水音が彼の本音だ>と膝を叩いて納得したこともあったが如何。

更に二十有余年、今や芭蕉の没年齢をかなり超えてしまった駿河屋だが、日本一の名句とされるこの歌の心が未だ分からない。芭蕉が何を見、何を想ったのか、駿河屋の想像力では到底届かない。

  嗚呼、我に遠し日本の心、、、、(´ヘ`;)

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